第140回直木賞に選ばれた天童荒太氏の『悼む人』(文藝春秋)
天童荒太さんの「悼む人」を読みました。
140回直木賞に選ばれた本で、7年の歳月をかけて作家生命もかけて挑まれた作品のようです。
2009年本屋大賞ノミネート作品にも選ばれた作品だそうです。
母がテレビをみていて「本でも読んでみようかあ」ということですぐに購入したのですが結局母の気まぐれで・・読んだのは今のところ私だけですが、
「あの本どうだった?」と言われ「100人読んだら100人ちがうんじゃないかな?置かれた立場や今までの生き方とかで感想は全く違うものになりそうな話だったよ」と答えました。
お話自体は淡々としていて、ものすごい事件が起きるとかドラマティックなドキドキするような展開や目を背けたくなるような場面もないのですが、読み終わった後は、「読んでよかったなあ」と思います。
人が死ぬ話は私は大嫌いで、どんなにいい作品でも認めないひねくれた性格なのですで「感動した」とはいえません。
読み終わった後は涙がボロボロでてきてしまいました。
悲しいわけでもなく、怖いわけでもなく。
以下は本とは関係ない話ですが・・・
私は、母から「亡くなった人を覚えておいてあげることが一番の供養。お墓にいくことでも、手を合わせることでもない。そうやってなにかあるごとに思い出してあげなさい」といつも言われています。
私も何人か友人を亡くしていますが、
とある友人に、ブライダルアドバイザーになった男の子がいます。ちょうど数日前が命日でした。
私は、それまで結婚式なんて必要ないとおもっていたし、ウェディングドレスや白無垢にも何のあこがれも意味ももたない、お金かかるだけ。どちらかといえば反対していたのですが、その子が、
「アイちゃんなあ。。俺もそうおもっててん。この仕事やるまではなあ。かっこ悪!とか、なんでキリスト教でもないのに教会であげるねん!とか思っててん。でもなあ・・俺はこの仕事してなんかようわからんけれどわかるようになったから、俺はどんなに彼女が反対しても自分の結婚式は、盛大にする。結婚式はなあ・・二人にとっては、最初の試練やったりな、周りにとって親にとって、けじめであり、スタートであり、親に取ったらゴールっていうかなあ・・どんなんでもいいねん。後になったら意味あるんやでー。別にゴンドラとかは乗らんでもえーけどな笑」
と。
彼は、たくさんのカップルの相談にのって素敵な結婚式をお手伝いして、そして自分の結婚式を迎えることなく病気で亡くなりました。
私は、いろいろ事情を経て二人だけの結婚式を教会であげたわけですが、5年(6年かな?)たってその教会を訪ねたとき彼の言葉の意味を思い出しました。
結婚式やってよかったなあって。今だからこそ、彼のいっていた意味が私にはわかったし、私は楽しくて仕方がなかった式も、旦那さんにとっては、記憶が吹っ飛ぶほど、右足と右手が一緒にでちゃったり、汗が地面にポタポタ落ちるくらいだったのは、緊張だけではない、これから背負う責任や、重さを感じていた覚悟や、重圧とか・・・・・・そういうのを今なら大事だったと、思えるっていうか。
なにいってんだかわかりませんが、その時私は心の中で彼を思い出していたし、彼の言葉がなければこんな風にもしかしたらあげることもなかっただろうし、もちろんそれでも幸せにはなれていた自信はあるけれど、亡くなった後もこうして彼は私の友人でもあり、彼の言葉は私の中で生きていて・・
というようなことをじんわり本を読み終わった後に感じました。
たぶん5年後に読んだらまた違う感想をもちそうです。
140回直木賞に選ばれた本で、7年の歳月をかけて作家生命もかけて挑まれた作品のようです。
2009年本屋大賞ノミネート作品にも選ばれた作品だそうです。
母がテレビをみていて「本でも読んでみようかあ」ということですぐに購入したのですが結局母の気まぐれで・・読んだのは今のところ私だけですが、
「あの本どうだった?」と言われ「100人読んだら100人ちがうんじゃないかな?置かれた立場や今までの生き方とかで感想は全く違うものになりそうな話だったよ」と答えました。
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■内容紹介■
全国を放浪し、死者を悼む旅を続ける坂築静人(さかつき・しずと)。彼を巡り、夫を殺した女、人間不信の雑誌記者、末期癌の母らのドラマが繰り広げられる週 刊誌記者・蒔野が北海道で出会った坂築静人(さかつき・しずと)は、新聞の死亡記事を見て、亡くなった人を亡くなった場所で「悼む」ために、全国を放浪し ている男だった。人を信じることが出来ない蒔野は、静人の化けの皮を剥(は)ごうと、彼の身辺を調べ始める。やがて静人は、夫殺しの罪を償い出所したばか りの奈義倖世と出会い、2人は行動を共にする。その頃、静人の母・巡子は末期癌を患い、静人の妹・美汐は別れた恋人の子供を身籠っていた――。
静人を中心に、善と悪、愛と憎しみ、生と死が渦巻く人間たちのドラマが繰り広げられる。著者畢生(ひっせい)の傑作長篇がいよいよ登場です。
お話自体は淡々としていて、ものすごい事件が起きるとかドラマティックなドキドキするような展開や目を背けたくなるような場面もないのですが、読み終わった後は、「読んでよかったなあ」と思います。
人が死ぬ話は私は大嫌いで、どんなにいい作品でも認めないひねくれた性格なのですで「感動した」とはいえません。
読み終わった後は涙がボロボロでてきてしまいました。
悲しいわけでもなく、怖いわけでもなく。
以下は本とは関係ない話ですが・・・
私は、母から「亡くなった人を覚えておいてあげることが一番の供養。お墓にいくことでも、手を合わせることでもない。そうやってなにかあるごとに思い出してあげなさい」といつも言われています。
私も何人か友人を亡くしていますが、
とある友人に、ブライダルアドバイザーになった男の子がいます。ちょうど数日前が命日でした。
私は、それまで結婚式なんて必要ないとおもっていたし、ウェディングドレスや白無垢にも何のあこがれも意味ももたない、お金かかるだけ。どちらかといえば反対していたのですが、その子が、
「アイちゃんなあ。。俺もそうおもっててん。この仕事やるまではなあ。かっこ悪!とか、なんでキリスト教でもないのに教会であげるねん!とか思っててん。でもなあ・・俺はこの仕事してなんかようわからんけれどわかるようになったから、俺はどんなに彼女が反対しても自分の結婚式は、盛大にする。結婚式はなあ・・二人にとっては、最初の試練やったりな、周りにとって親にとって、けじめであり、スタートであり、親に取ったらゴールっていうかなあ・・どんなんでもいいねん。後になったら意味あるんやでー。別にゴンドラとかは乗らんでもえーけどな笑」
と。
彼は、たくさんのカップルの相談にのって素敵な結婚式をお手伝いして、そして自分の結婚式を迎えることなく病気で亡くなりました。
私は、いろいろ事情を経て二人だけの結婚式を教会であげたわけですが、5年(6年かな?)たってその教会を訪ねたとき彼の言葉の意味を思い出しました。
結婚式やってよかったなあって。今だからこそ、彼のいっていた意味が私にはわかったし、私は楽しくて仕方がなかった式も、旦那さんにとっては、記憶が吹っ飛ぶほど、右足と右手が一緒にでちゃったり、汗が地面にポタポタ落ちるくらいだったのは、緊張だけではない、これから背負う責任や、重さを感じていた覚悟や、重圧とか・・・・・・そういうのを今なら大事だったと、思えるっていうか。
なにいってんだかわかりませんが、その時私は心の中で彼を思い出していたし、彼の言葉がなければこんな風にもしかしたらあげることもなかっただろうし、もちろんそれでも幸せにはなれていた自信はあるけれど、亡くなった後もこうして彼は私の友人でもあり、彼の言葉は私の中で生きていて・・
というようなことをじんわり本を読み終わった後に感じました。
たぶん5年後に読んだらまた違う感想をもちそうです。
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